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Maishin

ADHDワーキングマザーの子育て自分育て

ADHDで先を読めないので正直で素直な人として生きることにした

オセロっぽいけど違いそう

こんにちは! くずなつです。

わたしはカードゲームやボードゲームがものすごく弱いです。小学校高学年のころにオセロで幼稚園児に負けたことがあります。もちろん真面目に勝負して。

頭の中だけで先を読むことが極端に苦手です。

それじゃずるくは生きられないから正直に生きるしかないよね、という話。

ADHDで先を読めないので正直で素直な人として生きることにした

先を読めない

ジャンケンも弱い

実はわたしジャンケンも弱いんです。

大学生のころ『ジャンケンで負けたらお酒を飲む』というゲームで負け続けたことがあります。最終的に「お前には負ける気がしない」と言われて、実際に勝てなかった。

家系的にお酒に強いのが幸いしました。たまには発達家系も役に立つね!

そのときに、ジャンケンに戦略があるということをはじめて知りました。ずっと手を出す瞬間に適当に決めていたから「くずなつはグーを出した後かならずパーを出す」とか、完全にパターン化していたようです。

ワーキングメモリの問題

わたしは続けてジャンケンするときに「前に何を出したか」を気にしていませんでした。正確には覚えていられません。

これって知能検査の数唱と同じ能力ですよね。読み上げられた数字を覚えて言うやつ。とても苦手です。できません。

ワーキングメモリの説明はリンクを貼っておきます。

つまりワーキングメモリが少なくて覚えていられないんです。これはADHDの特性ですよね。

先を見通すためには、これまでの情報を一通り持ってそれらを組み合わせて予測する必要があります。わたしはジャンケンの次の手を考えるという簡単なことですら頭の中ではできないのです。

これをしたら結果がどうなるとか、ほとんど考えずに動いているんです。

人間関係や仕事でも先を読めていない

未来予測をしていない

ジャンケンの先が読めない人が、人間関係や仕事の先が読めるでしょうか?

わたしは考えるのが好きなので読めているつもりでいました。でも歳を取るにつれて状況証拠的に読んでいないと考えるようになりました。ジャンケンより判断に必要な情報が多いので、どう考えてもできていない。

そもそも「わたしがこうしたらあの人はこうする」と考える習慣があったかすら微妙です。

過去を参照せずに動くので、今考えると自分の行動に一貫性がありませんでした。今さえ良ければそれで良かったんですかね。違うんだけど、行動的にはそうにしか見えなかったと思います。

反省を活かすのも難しい

ADHDは空気は読めるので、人間関係での失言や仕事を失敗したとき、やっちゃったのには気づきます。次はこうしようと反省もします。

でも「これをやったらまた同じ展開になる」予測ができなかったり、直前に予測できたとしても衝動性が邪魔して同じ失敗を繰り返します。

自分と感覚が合う場所にいるときは直感で動いてもそれほど問題ないけれど、合わない場所にいるときは全部失敗するので、自分もつらいし周りに迷惑をかけることになります。

ずるい行動をあきらめて正直に生きる

ではどうするか1:書いて考える

ワーキングメモリが致命的に少ないのをどうカバーするか。

ひたすら書いて考えます。

26才のころのうつ病から脱出するきっかけになったのが「書いて考える」習慣がついたことでした。

ADHDのうつ病ってワーキングメモリが少ないことが災いしてか、何度も何度も何度も何度も同じことを考えるんですよ。しかも同じことを考えているのに気づけないの。でも毎回違うことを考えているような気分になってるの。

書いて考えると、同じことを繰り返し考えることが減ります。前のメモを見返せば、全く同じことを書いているのに嫌でも気づけます。

書いて整理すると「わたしがこうしたからあの人はこうした」も理解できるし、それを繰り返しているうちに自分の苦手なパターンがわかってきます。

手持ちの情報を整理して「次に〇〇が起きそうだから今のうちに対処しておこう」といった予測した動きもできるようになります。

ただし書いて考える必要があるので時間がかかります。いまだに予想外の出来事にはとっさに変なことを言ってしまって、夜に布団の中で「ああ言えば良かったこう言えば良かった」と眠れなくなることがあります。

ちなみにここ数年はゼロ秒思考の書き方が好きで真似しています。

この本はぜひレビューしたいです。考え方のトレーニング法と言いつつ、認知行動療法っぽいので感情整理に使えるの。

ではどうするか2:ずるいことを考えずに正直に生きる

ここまででわかるように、ずるいことをするようにできてないんですよね、わたし。

書かなければ先が読めないということは、会話で人を騙すとか、ご機嫌をとるということができないことを意味します。

抜け道的なやり方で進める器用な人を見てずるいし羨ましいと思うけれど、真似はできないです。抜け道って先が読めるからうまくやれるんですよね。

わたしが真似しようとすると、浅い考えで変なやり方になってかえって苦労するか、強引な進め方になって周りの人にひかれるかのどちらかになります。それで仕事ができるならキャラとして許されるんだけど、仕事ができないとただバカにされることになります。

専門分野から外れたマミートラック真っ最中のわたしは後者にしかなれません。

それなら不器用なりに正直に素直に生きるのが一番人に迷惑をかけないし、少なくともちゃんとした人に嫌われない方法だと思います。みんなに好かれるのは普通の人でも無理だからね。

というのが、アラフォーのわたしの今の結論です。もっと歳を取ったら変わるのかもしれないです。

まとめ

長くなったけれど、不器用なりに正直に素直に生きるしかないという一行でまとまりますね。

嫌な経験から自分を守るために習慣づいた、正直じゃなかったり素直になれなかったりする仮面を外すのは大変だけど、外せると自然体になって楽になります。それって本来の自分じゃないからね。

ADHDの時点で器用には生きられないので、斜に構えたり被害者意識を持って過ごすのはかえってつらいと思うんです。余計に普通の人から外れちゃうし。

でも正直に素直に生きるって、これまで嫌な思いを沢山してきた人には難しいんだよね。わたしにとってもこうできたら良いなという指針に過ぎないかもしれません。がんばろう。